「わたし、気になります!」〜日常ミステリから学ぶ推論と問題解決のヒント〜

あなたが仮に高校生だったとします。ある日の放課後、

『十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい』

と校内放送が流れました。さて、この放送にはどのような意味が含まれているのでしょうか。

米澤穂信さんによる『古典部シリーズ』は現在は6巻まで刊行されており、2012年にはアニメ化もされた人気シリーズです。
「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」がモットーの省エネ主人公折木奉太郎や「わたし、気になります」が口癖の好奇心いっぱいヒロイン千反田えるなど、登場人物たちも魅力的。昨年は実写映画化も発表され、ますます注目を集めています。

氷菓<「古典部」シリーズ> (角川文庫)
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ある日のこと、Netflixに追加された『氷菓(アニメ版の表題)』を視聴した時に「ひょっとして日常ミステリって、自分たちの身近な課題解決のヒントを得られるんじゃないか」という気付きがあったのでまとめたいと思います。

なお、日常ミステリという上位概念を持ち出してみたものの、自分の読書経験は『古典部シリーズ』だけだったりします????

身近なテーマだからこそ気付きを得られる

そもそも日常ミステリとはどのような作品のことを指すのでしょうか。
Wikipediaの概要を読むと

日常生活の中にあるふとした謎、そしてそれが解明される過程を扱った小説作品を指す。対象はそもそも犯罪ですらないものが殆どであり、せいぜい軽犯罪であるが、殺人に劣らないほど厳密なロジックで解き明かしていくものが多いため、多くは本格推理小説に分類される。

とあります(分類としては「日常の謎」なんですね。初めて知りました)。
『古典部シリーズ』も例に漏れず、事件とも呼べないような小さな出来事が物語のアウトラインとして用意されています。例えば

「途中で終わっている映画の脚本の結末を予想する」
「止める予定だった橋の工事がなぜか進められている」

といった具合です。
もちろん日常”ミステリ”と呼ばれるくらいですから、作中では推論するシーンがハイライトとして登場します。状況を確認し、ヒアリングして、データを集めて、推論して、答えに辿り着く。仮説検証を繰り返しながら主人公たちは推論を進め、問題を解決します。推論の根っことなる問題も

「なぜ後輩は部活を辞めると言ってきたのか?」
「なぜ教師はあんなことを言ったのか?」

など、読者側にも一度は経験があるかもしれない構成となっています。

この身近さこそが、日常ミステリから気付きを得られるポイントだと言えるでしょう。

私たちが日常において遭遇する問題は、友達が先週から口を聞いてくれないとか、クライアントと営業の話に食い違いがあるとか、プロジェクトがうまく進まない原因が分からないといった、殺人事件や国家の存亡とは程遠いシチュエーションが大半を占めています。
身近な問題解決に至る思考や視点があるからこそ、日常ミステリを読むことで普段の日常や業務にも活かせる部分があるのではないでしょうか。というのが私の仮説です。

印象に残ったシーン

前置きが長くなりましたが、『古典部シリーズ』の中で特に印象に残ったシーンをご紹介します。
(以降、物語の内容や核心について触れた記述が出てきますので、未読の方はお気をつけください)

推論の視点を学べる『心あたりのある者は』

収録巻:『遠まわりする雛』

『心あたりのある者は』は推論がテーマの短編。ある日の放課後、千反田えるは折木奉太郎には推論の才能があると言って下がりません。

ですが推論……、膏薬をくっつける、ですか、それができるのはそれだけで一つの才能だと思いませんか? 蒔いた種が実るかどうかは運だとしても、種を蒔くことができなければ話にはなりませんから

そしてそれを確かめるためのお題として使われるのが、冒頭に書いた校内放送。

「十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい」

この放送にはどんな意味があるのか?を奉太郎が推論します。ちなみに原作ももちろんのことですが、アニメ版では映像を使ってさらに分かりやすく楽しく説明されていますので、未視聴の方はぜひご覧になってみてください。

氷菓 | Netflix (ネットフリックス)

さてこのお話、推論をテーマとしているだけあって、物語の運びもさることながらそのプロセスが印象に残りました。
どう進めていくかというと、まずは小さな事柄から具体的にしていくんですよね。最初に

「まずは用語の確認だな。巧文堂って、お前は知ってるか?」
(中略)
「柴崎ってのは、教員だな?」

と不明な用語がないかを確認し、次に

 およそ十秒ほどもノートを見つめていただろうか。俺はおもむろに口を開く。
「まず」
「まず?」
「柴崎教頭は生徒を呼び出そうとしていることがわかる」

と最低限の事実を確認する。そしてその次に……と、徐々に推論の精度を上げていくのです。なるほどこういう風に考えることができるのか、と当時は膝を打ちました。仮説検証やプロトタイピングにおいても「小さくはじめる」ことは大切ですが、推論においても同じことが言えそうです。
また、奉太郎が推論の合間合間にえるとの対話を挟んでいる点も面白いですね。まあ、物語の構造上対話がないと成り立たないのですが……
推論の精度を上げるたびに対話を挟むことで二者間での認識齟齬を極力減らしているのだと思いますが、日常の業務においてもどう認識合わせをしていくかは、推論に限らず大切です。特に手探り状態から見えないゴールに向かうような状態においては、細かな対話の繰り返しがより正確な結論へと至る鍵の1つと言えるでしょう。

さて推論の行く末は……と言うと、最初の放送からは思いもよらぬ結論へと至ります。詳しくはぜひ原作かアニメで確かめてみてください。

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視点の違いを学べる『愚者のエンドロール』

収録巻:『愚者のエンドロール』

『愚者のエンドロール』は1巻完結の長編。上級生が文化祭で上映する予定のミステリー映画が、脚本家が倒れた影響で結末が描かれないまま終わっていた。先輩から「探偵役となって犯人が誰か探ってほしい」と頼まれた奉太郎たちは関係者の証言から推理するが……という筋立て。

ここから先はかなりネタバレになりますが、関係者にヒアリングをした結果、奉太郎が「きっとこうだろう」と推理した結末が採用されるのですが、彼の予想に反して周りの反応は芳しくないのですね。
えるも奉太郎が用意した内容には納得しておらず、このような言葉を口にします。

 わたしは、志半ばに脚本の完成を放棄しなければならなかった本郷さんの心境を理解したいと思うのです。無念なら無念を、怒りなら怒りを知りたいんです。

それを受けた奉太郎は、

 俺は唸った。俺や、中城や羽場や沢木口が映像の中から事件の真相を見抜こうとしている間、千反田は本郷自身のことを考えていたのか。
(中略)
 俺は、あの映画の脚本を、ただの文章問題と見ていたのではなかったか。舞台設定、登場人物、殺人事件、トリック、探偵、「さて犯人はこの中にいます」……。 そこに、本郷という顔も知らない人間の心境が反映されているということに、俺は気づいてさえいなかったのではないか。

とショックを受けます。

目の前にある情報だけで推論を進めていた奉太郎に対して、えるは当事者である本郷(脚本担当)のことを考えていたのですね。えるの視点は奉太郎よりも定性寄りだった、あるいは問いの立て方が事象ではなく人間に対するものだったと言えるでしょう。
日常の業務においても実際の当事者(サービスにおいては利用者)を無視して「きっとこうだろう」と思い込んで結論を急ぐ……なんてシチュエーションはありがちです。問題解決は時として、人間を視ること、想像することが大切であると改めて思わされるワンシーンでした。

ちなみに『愚者のエンドロール』と続刊の『クドリャフカの順番』には「期待」というテーマが存在します。期待をするとはどういうことなのか、この2冊を読むとそれがうっすらと分かる……ような気がします。

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私たちの中には奉太郎も、えるもいる

実際の業務において、私たちは限られた情報の中から推論して答えに辿り着こうとするシチュエーションもあれば、人間を目の前にしてこの人が抱えている課題はなんだろう?と想像するシチュエーションもあります。推論の得意な奉太郎も、好奇心が止まらないえるも、どちらも私たちの中にはいると言えますし、2人をうまく使い分けることが大切とも言えます。
『古典部シリーズ』は、何も推論能力や問題解決能力が向上する手法が学べるわけではありません。ですが物語を読み、そこにある登場人物たちの考え方や心境に触れることで、何かしらの刺激を受けることができる(そしてもちろん、物語もとても面白い)作品だと思います。
日常ミステリから学ぶ推論と問題解決、ぜひ試してみてください。

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ryo.yoshitake

株式会社スタンダード デザイナー。最近よく読む書籍の分野は組織論やチームビルディング、SFなど。好きな漫画作家は石黒正数、藤田和日郎、Ark Performanceなど。趣味は写真撮影とアニメ鑑賞。