2017.1.19 / Business, UX

なぜ、まず問いのデザインが必要なのか?

Masafumi Kawachi

⚠本記事は普段の実用的記事と異なり、発信を増やすための思索的な取り組みでもあります。そのため、内容が少々 思想的というかポエムな感じになっているのでご注意ください⚠

人間は一本の葦にすぎない。自然のうちで最もひ弱い葦にすぎない。しかし、それは考える葦である。

考えること、思考すること、それこそが人間の本質だとパスカルは説きました。思考することは、生きていく上で切り離せないことだし、複雑なこの世界で思考する力は一層求められています。私自身、サービスに携わるデザイナーという立場もあり、日々あらゆることに思考を巡らせています。
新しい価値を生み出すためには、まず創造的な仮説が必要になります。しかしデザインは人の思考や行動に影響を与えることができる力をもっているし、インターネットを介することでそれは自分の目の届かない範囲にまで広がります。だからこそ、何をデザインするべきか?それは存在するべきか?本当に人にとってよいのか?といったように仮説に対してもあらゆる前提から考える必要があります。
そうした中で、考える力とは?どうしたらより深く考えられるのだろう?という疑問を前々から抱いていました。今回は私が考え取り組んでいる、サービスや事業に関わらずあらゆる物事に対しての考え方を簡単に紹介できればと思います。

どうしたら、もっとうまく思考できるのだろう?

私は本が大好きなので、書店によく足を運びます。そうしたときにビジネス書の陳列を見ることもあるのですが、「思考・思考法」と名のついた本が常に取り上げられていることに気づきます。シンプル思考エッセンシャル思考仮説思考ストーリー思考など様々な切り口で「考え方について考えている」本が多く置かれてあるのです。

本棚を見ていると、「どういう自分でありたいのか?」という欲求が写し鏡のように見えてくるような気がするのですが、先のことはつまり、多くの人がもっとうまく思考できるようになりたいと考えている結果の表出だろう、そう感じます。

では、思考するとはどういうこと?

上手く思考するための方法を考える前に、そもそも思考するとはどういうことかについて簡単に触れておきます。

考えや思いを巡らせる行動であり、結論を導き出すなど何かしら一定の状態に達しようとする過程において、筋道や方法など模索する精神の活動

と、wikipediaにはありますが、ここから分かることとしては、”何かしらの状態に向かって進んでいる”ということであり、何かしらにたどり着くことを目指して模索している、ということです。
また、プラトンは思考を自身との内的な対話だと捉えています。思考には言葉が伴うことで、それを発するとも発しなくとも、自分自身で反芻しているために、結果として自身の中での内的過程が生じます。

上記を踏まえ、「思考するとはどういうことか?」に対する回答を何らかの到達地点があり、それに向かって自身で対話するということにして一旦おいておきましょう。ここに関しては個人的に、また別の機会に考えてみたいと思います。

どのように思考を進めればよいのか?

では、到達地点とはどこなのでしょう?そこへどのように進めていけば良いのでしょうか?その思考の全体像の枠組みをつくることこそが問いが担っている部分なのだと思います。先の定義による自身への対話、という観点をふまえても、対話をするにはまず何かを問いかけることでしかはじまりません。そのため、全ての思考には意識的または無意識的に問いが先立っているのではなかろうか、というのが私の仮説です。

簡単な例で見てみるとしましょう。例えば、あなたは今夕食の献立を考えています。そこであなたは、何かしらの状態に達したいと思っています。例えば「今日の夕食の献立が決まっている」状態に向かっています。そしてそのために何を作ろうか考え、それは意識的にか、無意識的にか「今日の夕食の献立は何にするべきか?」、「どうやって献立を決めようか?」という問いに答えようとしていることと言えるのではないでしょうか。

このような単純な対象においても、問いがあるからこそ考えられるのではないだろうか。というのが仮説であり、本記事の主旨となります。

私は今、どのような問いに答えようとしているのだろうか?

そして問いが思考の全体像を決めるのであれば、問いを明確に意識をすればより思考がすすむのではないか?また、どのような問いに答えるべきか?という問いを考えることが重要なのではないか?
そのような考えに至ってから、「自分は今、どのような問いに答えようとしているのだろうか?どのような問いに答えるべきだろうか?」と自身に問いかけることが多くなりました。思えば、勿論何かしらの結論を出す必要があり、そこに向かっているのですが、そのために「何について考えているか」について無意識的だったのではないか、と。

つたない例で恐縮ですが先の献立でいくと、「今日の夕食の献立は何にするべきか?」という問いが、今日の夕食が決まっている状態に達しよう、という到達点の枠組みも決めています。さて、本当にその問いが取り組むべき問いなのでしょうか?それでたどりつく回答の仮説としては、最近食べていないからハンバーグにしよう、かもしれません。しかし本当に答えるべきは、「何を作ったら彼氏のあっくんは喜んでくれるのか?」という問いだとしたらどうでしょう。そこでは到達点は、ただ単に夕食が決まっているのではなく、夕食によって彼氏を喜ばせる、ということになるのではないでしょうか。そしてそれはハンバーグではないかもしれません。

つまり、考えるべき問いによって到達点自体が変わってくるのです。だからこそ、考えはじめる前にどのような問いに答えるべきか?ということに意識的になる必要があるのだと感じています。
Takramの渡邉さんの記事にもそもそもどのような問題を設定すべきか?という観点をもとに、「プロブレムリフレーミング」という概念が述べられています。これはまさに思考に問いが先立っていると言えるのでは、と思います。

ただ、必ずしも最初から適切な問いの設定ができるというわけでもないことは注意しておかないといけない点です。問い自体も仮説であって、その問いが正しいのかは分かりません。人間中心設計にもある、反復設計的な考え方が重要で、問いを設定したとして、その問いが本当に正しいのか?という確信は、進めながら得ていく必要があるのではないかと思います。また進む中で学びを得た結果、問いを設定しなおす勇気をもつことも非常に重要ではないでしょうか。

どのように問いをあらゆる場面で活かせるだろうか?

さて、そうした問いと思考の関係性に対する気付きから様々な場面で、どのような問いに答えるべきかを、考えるようになりました。最終的な到達点を決めるという意味でも問いはとても重要ですが、「その到達点までどう歩んでいくか」にあたっても影響をおよぼすと思います。自身の思考をすすめるために試している日常的な取り組みの一部を下記にご紹介します。

毎日の内省にも

毎朝、目標の確認やその日のモチベーションや意識するべきことを今日取り組むべきことの確認とともに行っており、そして仕事を終える前にその日1日のふるまいや学びを内省しています。そこで何のために内省するのか?より良い内省とはなにか?どうしたらより良い内省になるのか?ということを考えた結果、今は内省の際に、以下のような問いを試験的に用いてすすめています。

  • 今日学べたことはなにか?新しく知ったことは何か?
  • その学びはどのようなときに活かせるのか?
  • もっと上手く出来たことは何か?どうして上手くできなかったのか?
  • どうしたら上手くできるか?次に試してみることは何か?
  • より深めたい問いは何か?

これらを用いるようになってから、単なるKPTよりも、思考の質と記述量が格段に増えたような気がします。読書においても内容を自分のものにするためにも似たような問いを用いています。(ただ、問題はこの内省の仕方自体をどう評価できるか?という点で、これに関しては検討中です。例えば文字数で思考の量は評価できるのか?でも何のためにやるかを考えると次の行動に活かすためなので、どこまでをどう評価すればいいのか…などの点で模索しています。)

フレームワークを用いる際にも

また、フレームワークなどはまさしく、答えるべき問いの集合体とも言えるのではないでしょうか?ある到達点にむかうために、何を考えるべきか?という問いへの回答の集合体であり、毎回何を考えるべきかを考える労力を減らすこと、また、誰もが同じ問いを共有することで全体としての精度を向上させられることに価値があるのだ、とフレームワークの意義を再認識できました。

リーンキャンバスの項目の一部を見てみると、

  • 顧客→私たちの顧客はだれか?
  • 課題→彼らはどのような課題を抱えているか?何に困っているのだろうか?
  • 解決策→どうそれを解決できるのか?
  • 代替手段→彼らはそれを現在どのように解決しているのだろうか?……

などの問いに変換することができると分かります。これも個人的には結構重要な気付きで、日々の仕事でクライアントさんとワークショップなどを進めて感じるのは、単に「顧客」「課題」というマスを埋めようとするよりも、問いの形であらためて呈示することで仮説が発散しやすくなったり深く考えられる、といった効用があるように思えます。また「競合、代替手段」を問いに変換すると「彼らはそれを現在どのように解決しているだろうか?」であったり、もう少し限定すると「それに対処するためにどのようなツールを用いているのか?」であったりと、状況に応じて思考に振れ幅を持たせることもできます。

サービス改善の際にも

または、あなたがサービスに携わっているのであれば新しい機能を追加しよう、という話が出た際に、「その機能は本当に必要なのか?」と感じたことは1度や2度ではないかと思います。
そうした際に、どのような問いに答えればいいのか?が分かっていなければ、その機能の妥当性も、あるべき姿も見いだせません。一例として、

  • 誰が、どのようなときに使いたいのか?
  • それによりどのような課題が解決されるのだろうか?
  • この機能が提供できる価値はユーザーの体験をどのように変えられるのか?
  • ユーザーがどう行動してくれれば理想なのだろうか?
  • それにより、どのようなビジネス指標に貢献できるのだろうか?
  • そうすることで、実現したい社会にどうちかづくのだろうか?
  • どうしたら、これらの仮説が確からしいと判断できるのだろうか?

といったように1つの機能の追加でも、ユーザーとビジネスにとって”よい”、と言えるためには、あらゆる問いに答える必要があります。「そのために、自分が答えるべき問いはなにか?」といったブレストをするのもいいかと思います。(これに関してはQストーミングという方法が「Q思考」という本に述べられています。どんな本か気になる方はこちらの書評へ)

おわりに

という、つらつらと自分が最近考えた、問いは思考に先立つのではないか?という仮説に基づいて、そもそもどのような問いに答えるべきか、という問いのデザイン自体が必要なのではないか、というポエミーなお話でした。ビジネスの文脈だけでなく、人や社会そのものへの影響が大きいからこそ、問い続ける姿勢が必要かと思います。ちなみに、この記事に関連する今一番深めたい問いは、どのように問いそのもののの評価をするのか?です。こちらに関して何かしらの考えをお持ちの方ぜひ、共有し学ばせて頂ければ幸いです。


以上のような考え方をみて、あなたはどう感じましたか?自分なら思考の仕方についてどう思考しますか?何か学びになったことはあったでしょうか?そうであれば、それはあなたの活動の中にどう活かせそうでしょうか?またはこの記事を読んで分からなかったことは?賛同できなかったことは?など、ぜひ自分自身にあらゆる問いかけをしてみてください。


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